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カンガルーケアに挑戦!(2) [通院期]

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ついにその週の日曜日。カンガルーケアをしに、いざ病院へ向かいました。

事前準備として、素肌胸元赤ちゃんを乗せるのでシャツなどの前開きの服装で来るように言われていましたので、満を持してシャツを着て参上!

すると待ってましたとばかりに、ビーチで使うような足元までのびたリクライニングのある折り畳みイスを保育器の横にどかっと設置!
「ここに座ってくださいね!」
と言われ、促されるまま半分寝た様な状態になりました。

すると、周りに搾乳時と同じように目隠しのついたてを置かれ、
「シャツの胸元を開けて待っていてください~」
と言われはだけた状態で待っていると、

遂に保育器ががばーと開けられ看護師さんに抱っこされたひゃくちゃんが!
まだまだ900グラム台の娘は小さくて、両手に余裕で乗るサイズです。

そんなひゃくをそのまま私の胸の上にかぽっと置かれました笑
「はい!しっかり抱っこしてあげてくださいね」
はい!もちろんです!と思いながらも、恐る恐る支えます。

首もグラグラだし、体もガリガリ…
この頃はほとんど抱っこなんてしたことなかったので、自分の中では
「うわ~抱っこした~~」
ってひそかに感動していました。

ひゃくはこの頃はほとんどの時間目を閉じて寝ているような状態。抱っこした時はちょっとびっくりして目を開けましたが、その後は眠るように目を閉じていました。

オムツ一丁なので、ひゃくの上半身は私の胸元にぴったりとくっつきました。
少しあたたかさを感じ、本当にうれしくて幸せな気分になったのを今でも良く覚えています。

カンガルーケアで良く問題になっている、知らない間に赤ちゃんが無呼吸になってしまう心配は、モニターを付けているので無用です。何かあればブザーが鳴ってすぐに看護師さんが駆けつけてくれます。

長時間抱っこすることで母親の体温を移してあげるんだそうで、短時間だと逆に体温が下がってしまうため、カンガルーケアは1時間以上続けます。親としては動きたくても動けない状態が続くのです苦笑

まだ外の世界の酸素濃度では不安があったので、口元には小さな酸素マスクをあてながらでしたが、それでもカンガルーケアの最中は酸素濃度が下がったり戻ったりと不安定…
大丈夫なんだろうか…とモニターの数値を見ながらソワソワ。

このソワソワと長時間同じ姿勢、さらには病院って結構空調効いてるんですよね。8月の真夏だったこともあり、クーラーガンガンで寒い…という様々な状況が重なって、後半はかなり辛かったです。笑
「は、はやく…まだかな~…」
なんて思ったりもして(ヒドイ)

すると、ひゃく自身も同じ姿勢で辛くなってきたのか、後半になると泣き出してしまいました。「ど、どうしよ…これ結構辛いんじゃないかな…」とさらにソワソワ。

その頃にやっと、
「そろそろひゃくちゃん戻しましょっか!」
と終了の知らせ!

はあ~終わった!!と内心ほっとしていました笑


やっと保育器に戻されたひゃくは
「はあ~やっとゆっくりできるよ!」
と言わんばかりにおとなしく眠っていました笑

これって、イイ事もたくさんありますが、結構小さい赤子には負担も多いようですね。やっぱり頻繁にはできませんね~(私が)コワくて。

最終的には、保育器を出るまで何度かカンガルーケアを行いました。私としては直に娘とスキンシップがとれる、当時としては貴重な時間。忙しい中、カンガルーケアをさせて頂いたことには感謝しています。

ちなみにこの病院ではパパもカンガルーケアができました!
あまりしている方は見かけませんでしたが、うちのパパも2回くらいさせて頂きました。(パパは目隠しのついたてはありませんでした笑)

ちょっとニオイとか違うのかな~なんて見ていましたが、ひゃく的にはあまり反応は変わりませんでしたね。
パパは私よりもおっかなびっくりでした笑(そりゃそうか)

でも本当にいい経験になりました。
いつかひゃくが話せるようになったら、覚えているか聞いてみようと思います。
そして、後半キツかったかどうかも確認したいと思っています笑

以上、カンガルーケアについてでした!
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カンガルーケアに挑戦! [通院期]

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入院直後から看護師さんにたまに言われていたこと、それは

「もう少し、容体が安定したら”カンガルーケア”やりましょうね!」

なんとなく聞いたことがありました、カンガルーケア。
でもそれは、出産直後にお母さん素肌の胸の上で赤ちゃんを寝かせることによって、においや温度など様々なものが赤ちゃんに伝わり、その後の成長に効果的というようなものと記憶していました。

こんな管だらけの小さな赤ちゃん、どうやってカンガルーケアするのだろうか…
風呂の時同様、疑問がいっぱいでした。

「容体が安定したら」というのは、ひゃくちゃんは産まれた直後、血圧が安定せず、その原因の一つとして体の中のホルモンがうまく生成されないために起こっているとのことでした。そのためホルモンを補充する形で注射で投与をしていたのです。

さらにこれは産まれてからずっとなのですが、肺の状態が特に未発達で、血中酸素濃度がなかなか安定しなかったため、肺まで直接チューブを通して酸素を送り込んでいました。このチューブがあると、固定されてしまい、保育器から出ることはできませんでした。

以上のこの2つの理由でカンガルーケアはおあずけになっていたのです。

それが、入院して一か月経たないうちに酸素濃度の数値が安定!先生の判断で肺まで通していたチューブを抜いて、保育器からの酸素だけで様子を見ることになりました。

これには担当看護師のヤマオカさんも私もびっくり。
「むしろ口のチューブが嫌だったんじゃない?」なんて言いあっていました。

チューブの無くなったひゃくのお顔はすっきり。
表情も良く分かって、私もすごく嬉しかったのを覚えています。

まだホルモンの注射はしていたものの、血圧も落ち着いているという事でいよいよカンガルーケア解禁!次の週末のお昼に行うこととなったのでした…!

つづく


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初めての入浴! [通院期]

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NICUで暮らす赤ちゃんたちだって人間です。日々暮らしていればどんどんと体が汚れていくもんです。

うんちだって臭くないと言われている赤子たちですが(ほんとは臭いです)、数日たつと臭くなってくるんですよ。保育器の中が笑
たまに保育器の中に手を入れるときふたを開けると、「あれ?なんか異臭が…」と思うことが何度かあり、あまり気にしていなかったのですがやっぱり体が臭くなってくるようなんです。

とはいえ、まだ実際はお母さんのお腹の中にいる時期の子。普通に湯船に入れたり洗ったりは、かなり体に負担をかけるのでできないんだろ~な~と思っていました。

じゃあどうするんだろ~な~と思っていたそんな時にヤマオカさんに声をかけられました。

「今度、一緒にひゃくちゃんをお風呂に入れましょうか!」

え?!お風呂入れるの?!体中に管が付いてるのに?!どうやって?!
と色々と謎が浮かびましたが、

「はい!」

と快諾。
どうやら母親たちのいない時間帯の数日に一回、お風呂に入れていたようです。

そうして数日後、ついにお風呂のシーンに立ち会えることになりました。

「お風呂の準備してきますね!」

と言われて待っている間、いろいろな疑問が浮かんできました。

モニターや胃まで繋がっているチューブが鼻から出ている状態でお風呂になんて入れるのか…??


なんてモヤモヤしていると、別の看護師さんが保育器を横から、がばーーーと開けて、「ひゃくちゃん抱っこして待っててくださいね~」と言われたので、両手に乗せて待っていました。

すると、ヤマオカさんが笑顔で戻ってきました。
その手にはお料理に使うようなサイズのステンレスのボウルが。

そのまま保育器の中にそのボウルが置かれました。

そうこれが、彼女の”浴槽”なのでした。

中にはぬる~い白濁した液体が。
そのままオムツを脱がせてひゃくをボウルの中に投入です!

さぶ~んと半身浴状態になったひゃく。
右手には血中酸素濃度を測るモニターのセンサーが付けられており、濡れるといけないとのことなので、右手が浸からないように気を付けて体をガーゼで拭いてあげます。

まだまだ1キロにも満たない娘は手足もガリガリで、折れてしまいそう。おっかなびっくりで作業をすすめます。

このボウルの中の白く濁った液体の正体は”スキナベーブ”という沐浴剤の入ったお湯だそうで、これを溶かしたお湯に赤ちゃんを入浴させるだけで肌の汚れを落としてくれる素敵なツールなんだそう。すすぐ必要もなく、こういう赤ちゃんたちにはぴったりです。

これがなんだかやさし~いいい香りがして、確かに入るだけで体を洗ったような気分になれそう。

一緒にお風呂に入れてくれた若い看護師さんが、「この香り大好きなんですよね♪」とお話しされてました。カワイイ。

そんなこんなでボウルに入ったひゃくちゃんは、しばらくするとモニターのブザーがビービー鳴ります。

この頃は、ちょっとでもストレス的なものを感じたりすると呼吸を忘れるのか、血中酸素濃度がすぐに落ちてました。

お風呂の時もやっぱりというか、酸素濃度が下がったりして結構母親的には冷や冷や。結構負担かかるんだな…と痛感しました。

そうしているうちに入浴は終了。ボウルは撤去され、オムツを履き替えてさっぱり
こうして母としては初めての入浴イベントは終了したのでした。

とはいえ、この入浴方法はスタンダードな赤ちゃんの入浴方法とはちょっと違ったので、退院間近にちゃんと看護師さんから普通の入浴方法を教わりましたが、この時期の沐浴は貴重な経験でした。

結局、自宅ではスキナーベーブを使用することは無かったのですが、とってもいい香りで気持ちよさそうでした!新生児のお風呂や赤ちゃんの具合が悪い時など、自宅で沐浴をする際にはおすすめですよ!

それでは!

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ひゃくと私のおっぱいヒストリー [通院期]

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ひゃくを産んでから、いきなり始まった母乳ライフ

世の中のママ達は、赤ちゃんの主食となる母乳・ミルクに関してはかなり真剣に考えている方が多いと思います。

もちろん私も大事だと思っていますし、何よりひゃくの入院していた病院は母乳育児に積極的なNICUでした。
看護師さんたちも母乳育児について協力的で、初産のお母さんに対しては指導をしてくれることもありました。

NICUに居る子たちは乳首をくわえられるような大きさではないので、お母さんは搾乳をして母乳バッグに詰めたものを看護師さんに渡します。

NICUの隣にあるGCUの奥には授乳室があったので、通常はこの部屋で搾乳をするのですが、赤ちゃんを見ながら搾乳をすると良く出るようになるという説があるらしく、

「搾乳しますか?」と聞かれたので
「はい!」と答えたら、

わざわざ保育器の前に電動の搾乳機と、ガラガラガラ~と周りに目隠しのついたてまで持ってきていただき、完全防備状態。

「なんかすげーことになってる…」
と思いつつ、
「やっぱ、いーです!」なんてことは言えない状況。

以前お話ししたかと思いますが、ここのNICUはかなり様々な物が密集しており、先生方の作業デスクがすぐそばに。たまに先生の座ってるイスと私のイスがぶつかって、スイマセン…なんてこともしばしばのこの狭さに、搾乳機&ついたてなんぞ持ち込んだらどうなるか何となく想像がつくかと思います。

完全にひゃくの保育器の前の通路は塞がれてしまい、みなさんここをよけて遠まわりして作業している様子…搾乳している30分くらいの間、
「あ~~お邪魔してすみません!もう少々お待ち下さい!」
という申し訳ない気持ちで搾乳機とひゃくを見つめていました。。

準備もめんどくさいし、搾乳中も邪魔だろうに、皆さん嫌な顔ひとつせず対応してくださいました。私が初産ということもあり、母乳がたくさん出るようにとの配慮は本当にありがたかったです。

まあ部屋の中にいるほとんどが女性の看護師さんとお母さんがたで、男性とは言っても医師なので、あんまりついたてとかいいんじゃないかな~とも思ったこともありましたが、よく考えたらほかのお父さんもいらっしゃるし、両親以外の人が窓の外から赤ちゃんを見ているのでやっぱり必要でしたね。ハイ。

母乳は搾れば搾るほど、飲ませれば飲ませるほど、「もっと必要なんだな!」と体が認識してどんどん母乳が出るようになるそうです。

そのため、搾乳も授乳と同じように3時間に一回搾るのが理想的。
「夜はおっぱいを作る時間なので、むしろちゃんと寝てくださいね!」
と言われていたので、夜は普通に寝て、午前中に電車とバスで1時間かけて病院に行って、夕方になってまた1時間かけて家に帰るという毎日。

計算すると、病院では2回以上搾乳しないとそのペースを守ることができないんですが、1日に二回も搾乳機&ついたての準備をしてもらうのをお願いすることができず、ついつい搾乳することがおろそかになっていきました。

生まれた直後のひゃくは一回に数ミリリットルしか飲めず、そのとき私の母乳は軌道に乗りまくっていたので一回に150ミリリットル以上出るという需要と供給バランスが崩れまくりの状態。

ある程度は病院の冷凍庫で母乳バッグを預かってくれていたのですが、もうひゃくの冷凍庫のスペースはいっぱいになったらしく、
「しばらく母乳は持ってきて下さらなくて大丈夫です。こちらがお声がけするまで自宅で保存いただけないでしょうか」
と言われ、
「な~んだ、母乳全然大丈夫じゃん!」
と余裕ぶっこいていたのも重なり、入院して一か月くらいすると病院で搾乳する頻度も少なくなっていきました。

でも看護師さんには言われていたのです。
「いつか母乳が追い付かなくなる日がきますから!」
と。

当時、そんな状態の私にはまったく信じられない内容で、話半分に聞いていました。

しかし、入院して二か月過ぎたころ、ひゃくの体重も1.5キロ過ぎて保育器からGCUに移動したあたりでそれが現実となったのです。

「家にある母乳あるだけ持ってきてください」

お!いよいよ飲む量が増えてきたなあ~!退院も近くなってきた!
なんて喜びもつかの間、催促のペースがあがり、遂に家の母乳ストックはなくなってしまいました。
さらに、搾乳を怠っていたツケがきたのか、出る量がどんどんと落ちて一回に100ミリを下回るくらいしか出ないようになっていました。

「あれ…なんか母乳やばくないかな…最近看護師さんにも母乳の催促されなくなってきたけど大丈夫なのかな…」

なんて思っていた矢先、遂にその日がやってきました。

GCUに入ってからは、授乳の時間になると自分が抱っこして、解凍した母乳が入った哺乳瓶を看護師さんから受け取り、飲ませてあげていました。

ある日、受け取った哺乳瓶をひゃくに飲ませていて気付きました。
「あれ?この哺乳瓶の中のいつもと色が違う…」
それは、いつもより黄色みが薄く白っぽい液体でした。

そうです。遂に母乳が足りなくなり、しれっと粉ミルクにシフトチェンジしていたのです!!

そう気付いたとき自分の中ではかなりショックでした。
母乳いっぱい出ますね!って看護師さんに褒められていたのに、油断した結果、母乳が追い付かなくなってしまった事実…完全に自分の過失です。
あ~~~~わたしのあほ~~~~~って思いました…。すごく。

よく粉ミルクに変えると、味が変わって赤ちゃんが受け付けてくれない…なんて話を耳にしますが、うちの子は全く関係なかったようです笑
すっごいごくごく飲むので、粉ミルクになったことにしばらく気づきませんでしたから笑

ちなみにある程度大きくなった赤ちゃんには、さらに体重を増やす目的で特別な粉ミルク、”HMS-2”なるものを病院の売店で購入して、母乳orミルクに混ぜて飲ませます。

それが独特の風味で拒否する赤ちゃんが多いらしいのですが、(看担当看護師のヤマオカさんも味見したそうですがマズかったそうです笑)ひゃくは顔色一つ変えず飲んでいたのでヤマオカさんに褒められていました。ひゃくは生まれた時から食い意地がはってましたね笑

そんなこんなで母乳が足らなくなってしまった私は、完全母乳からミルクとの混合へと静かにシフトチェンジしてひゃくはすくすくと育ちました。

退院して1日中おっぱいあげてたら、量がよみがえるかな~とも期待しましたが、結局量は増えず混合のまま今日を迎えました。

完全母乳が赤ちゃん的には良かったかもしれませんが、旦那や両親に子守をしてもらうこともできましたし、様々なメーカーの哺乳瓶を試せたり(物に凝るの好きなんです)しながら、寝かし付けや泣き止ませる時におっぱいを飲ませちゃえば解決!という、それぞれのいいとこどりができたので、個人的には混合で良かったな~と思っています。

母乳でもミルクでも赤ちゃんは育ちますし、きっと大事なのは何を与えるかよりも愛情なんだな~と考えて自己完結しました笑

ちなみにもうすぐ2歳になるひゃくちゃんですが、未だにおっぱい卒業ができていません。へへ。

母乳をやめさせるタイミングは賛否両論、様々な意見があるようなので何とも言えないんですけど、現在私の仕事も在宅ですし、母乳を欲しがる回数も徐々に減ってきているので、このままほっとけばフェードアウトするんじゃないのかな~なんて気楽に考えてしまっています。

今は、ご飯の一部のように食事中に飲みたがるのと、寝る前にほしがる感じですね~
でも外出中はあまり欲しがらなくなったので昔よりかは楽になりましたな。

細切れにお話しすると分かりにくくなるかと思い、今回は誕生~現在までの母乳について通してお話させていただきました。
以上が、ひゃくのおっぱい事情についてでした!
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NICUの仲間たち(2) [通院期]

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前回はかなりライトな感じでNICUのお友達を紹介しましたが、今回はママ同士の交流についてお話していこうと思います。ちょっと重たい内容のお話しになってしまうかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。。

普通は同じ病室に居合わせたママ同士、意気投合してママ友に…なんてお話を耳にすることがありますが、NICUに関していえばそういったことはほとんどありませんでした。

なぜなら、ここにいる赤ちゃんのママ達は決して幸せな気持ちで満たされているとは限らないからです。

みんな、病室に居るときはじっと目の前の保育器の中の子供を見つめています。

そのまなざしは、私の気のせいかもしれませんが、悲しみをたたえているように見えるのです。

みんな、じっと口をつぐんで、ずっと眠ったままの子供を、何か思い詰めたように。


もし、他のママも私と同じ気持ちだったとすればその理由は良く分かります。

こうして保育器の子供を見ていると、不安と後悔ばかり襲ってくるのです。

”もしかしたら、何か問題があるのかもしれない”
”ちゃんと育つだろうか…”
”私のせいでこんな辛い目にあわせてしまった…”

色んなマイナスの感情が押し寄せてきて、とてもじゃないですが、他のママと仲良くしよう!なんて気持ちにはなれません。

周りを見てみても、気軽に話しかけられるような雰囲気でもないのです。



ある程度大きくなると、ほとんどの赤ちゃんは保育器から出て、GCUに移動していきます。

でも、様々な事情・病状でNICUから出られない赤ちゃんもいました。


私が通院していたとき、部屋の角にずっといる赤ちゃんがいました。
その子はもうかなり大きく成長しており、保育器には入っていませんでしたが、体中に管が付いていて、ずっと寝ていました。

起きることもほとんどなく、泣くこともなく、ずっと寝ていました。

その赤ちゃんにはよくお母さんが付き添っていました。
その赤ちゃんは、呼吸が自力では出来ないようで呼吸器をつけられており、常に痰がからむのでお母さんがよくチューブで吸い取ってあげていました。

ひゃくちゃんも呼吸器が未熟で痰がからみますが、それよりも症状が重たいように見えました。

普通は看護師さんでないと痰取りの処置はできません。でも、そのお母さんは慣れた様子でその赤ちゃんを処置してあげていました。それだけ見てもここに長く居ることが分かりました。

原則、NICUには両親のみ入室を許されていますが、その子にはお母さんとおばあちゃんらしい人が付き添っていました。通院中、父親が来ているのを見ることはありませんでした。

そのお母さんは子供の横で静かに泣いてるのを見かけたことがありました。
でも、こんなに打ちひしがれている人に励ましや優しい言葉を気軽にかけられる人がいるでしょうか…看護師さんたちも普段はそのお母さんとお話ししていることはありますが、そんな時には皆さんそっとしておいているようでした。

変な言い方ですが、自分の子ももしかしたら同じ運命を辿るのかもしれないのです。
そう思うと、とても他の人を励ますような気持になれなかったというのもありました。

でも、これは私の見た範囲での推測も入っていますので、どれだけ辛い状況でいらっしゃったのか実際は分かりませんが、あの部屋にいる赤ちゃんたちはみんなそれぞれドラマがあって、お母さん方も悩みながらも一生懸命に通院していました。

みなさん言葉は交わさないのは、やっぱりお互いの辛さや気持ちを察してのことだったと思っています。

そういったわけで、NICU時代はママ友なんて次元では無く、交流なんてほとんどありませんでした。GCUになると、一緒に授乳室で話し合ったりなど交流がありましたが、それはまたGCUの時にお話ししましょう!

次回は母乳事情についてお話ししようとおもいます!それでは!

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NICUの仲間たち [通院期]

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NICU内の10数台の保育器で暮らしている赤ちゃんたち。みんなそれぞれに出生時のドラマがあり、ここで一緒に頑張っています。

NICUにいる子たちは大きく分けると2タイプに分かれているように感じました。
・前もって入室が予定されている赤ちゃん
・緊急で搬送されてくる、あるいは転院してくる赤ちゃん
です。

前者は、大抵双子ちゃんや三つ子ちゃんが多いです。母体の負担を軽減させるために、最近ではまだ小さめで取り出すことが主流のようで、計画的に入院して帝王切開で産まれます。

ほとんどはGCUくらいで大丈夫な大きさまで育つのを待つのですが、母体に危険があるなど問題が生じたときはかなり小さい時に取り出して、そのままNICUに入院するようでした。

実際、私たちが居た時も半分くらいは双子ちゃん、三つ子ちゃんが並んで保育器に入ってました。(お名前の名字が同じなので分かりやすかったんです。)

そして後者が、ひゃくちゃんのような緊急で搬送されてきた赤ちゃんたちです。

都内にNICUを備えている病院は限られており、病床は常に飽和状態のようでした。
これこそ社会問題としても取り上げられている、”たらい回し”の発生にもつながっているのかと思います。

NICUではすぐそこで先生や看護師さんがお仕事しているのでその様子や会話が筒抜けです。
小児科の先生たちはいつもとてもお忙しそうで、PHSでよく他の病院からの受け入れの相談を受けている時もあったように見受けられました。

「今からもう一人来るよ~」

「え~?!もういっぱいですよお…泣」

なんて、先生と看護師さんの会話をしばしば耳にしていました。

ちょうどひゃくちゃんをお世話していた看護師さんは、緊急でまたひとり搬送されてくると聞いて、
「これからお友達がもうひとり来るよ~♪」
なんて、のんきな感じで話しかけてくれたときもありましたね笑

看護師さんたちは負担が増えるので大変でしょうが、こうして受け入れてくれる場所があることが、私たち親にとってはとってもありがたいことだなあ。と常々思っていました。

と、ざっとNICUの仲間たちについてお話ししました!
次回はさらにもうちょっと詳しく、掘り下げてお話しをしようと思います!
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NICUの日常 [通院期]

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通院生活も数週間がたち、過ごし方も決まってきた、病院での1日の過ごし方を今日はざっとご紹介します。

NICUにいる赤ちゃんたちは、ほとんどが新生児。
なので授乳のタイミングは3時間おき、これが24時間続くので1日8回ご飯の時間があるということになります。

授乳の時間になると、まとめて体温計測やおむつ替えなども一緒に行います。ひゃくの場合はそれに加えて、まだ呼吸器がしっかりしておらず常に痰がからむので、喉を通しているチューブから吸引機を挿入して痰を吸い取るという作業があってからミルクでした。

まだうまく動けないので、床擦れを防ぐためにこのタイミングで体を横にしたりうつ伏せにしたり、常に体制も変えてもらっていました。

ずっと寝ているだけの娘ですが、この時だけは目を覚まして動いたり目を開けたりするので、親にとっては見逃せないハイライトタイム!いつも忙しそうな看護師さんから今日の様子を聞きやすいタイミングでもありました。

それに、痰を吸い取る作業は咳き込んだりして本人にとっては辛い事のようでしたので、できるだけ見届けてあげたいという思いからも出来るだけ立ち会うようにしていたのです。

大体12時のミルクタイムの30分前から少しずつ順番にすべての赤ちゃんのお世話をするので、11時
半には病院に行くようにしていました。

それを見届けてから、自分がお昼を食べて、もう一度病室に戻って看護師のヤマオカさんとのお話ノートを書いたり、ぼんやりひゃくを眺めたりしながら15時のミルクタイムを待ちます。

そして、14時半ころからまたお昼と同じ流れでお世話をされていくのです。

と、こんな感じで夕方まで病院にいました。夕方と朝に看護師さんたちの引継ぎがあって、その時だけは大事な業務連絡もあるので、母親たちは外に出されていました。私はそのタイミングでいつも帰っていましたが、10分程度のそれが済めばまた病室に戻ってこられたので、再び病室へ戻る親御さんもいたようです。

病院によっては、1日2時間までしか病室にいられないとか、オムツ替えもさせてもらえないNICUもあるそうです。

実際看護師さんはお忙しいですし、我々素人がモタモタしてたら邪魔ですしね。そう規制をする気持ちもわかります。手違いで何かあってからでは遅いですし…
でも、こうして触れ合えたり、好きなだけ一緒に居ることができるこの病院に入院できて私としては良かったなと思っています。

母親との触れ合いを大事にしている病院で、カンガルーケアもさせてもらえたり(これについては後日詳しくお話します)とても貴重な体験をさせてもらいました。

とまあ、入院初期はこんな風に過ごしてました。
ミルクがちゃんと飲めるようになったり、保育器から出るようになるとまた少し内容が変わってきますが、3時間に一回というペースは変わりませんでしたね。

それでは次回は、NICUに一緒に入院していた赤ちゃんたちについてお話しようと思います!
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退院までのいくつものハードル [通院期]

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入院して数週間経過しても、体重が1キロを超えないひゃく。母親としてはやきもきする日々が続きます。保育器の下部には内部の温度と湿度と患者の体重が表示されており、ひゃくに会うときはまずはじめにいつも体重を確認していました。

入院直後に衝撃の脳内出血のお話があった他は、特に大きな異常は見つからず、
「あとは、保育器でれる位体重がおっきくなれば大丈夫なんでしょう?もしかしたら2か月くらいで退院できるかもな!」
なんて楽観的な考えを当時はしていました。

しかし、そんな簡単なことではありませんでした。未熟児が外の世界で暮らせるようになるまでには,、たくさんのハードルがあったのです。

赤ちゃんによって、そのハードルは様々ですがひゃくの場合の関門をざっと挙げてみると…

・体重が2キロオーバー(2キロは大体の目安です。このぐらいになると退院できる体力がついてきます)
・聴覚の発達
・視神経の発達
・呼吸器の発達
・おっぱいが自力で飲めるようになる&おっぱいだけで暮らせるようになる

大まかにはこんな項目がありました。こんなに退院まで遠い道のりが…!と気付くのはもう少し後になってからの事です。

きっと先生的には、こういうことはもちろんですが、血液検査の結果で分かる何やら難しい数値をクリアする必要があることもいろいろあったのだと思います。
しょっちゅう血液採取してましたしね。

まずは、体中に付いた管の数々を取ることが先決です。

まだ母乳がたくさん飲めないので、母乳をちょっと胃に流し込まれる他は栄養のある液体を点滴で常に注入されていました。

そして、抗生物質の点滴と、あと他にお薬の点滴…当時のひゃくは3種類の点滴を同時に入れられてました。大人でもびっくりの量です。

よく見る点滴はビニールのバッグに入った液体を上から吊るして注入するものですが、ひゃくの点滴の量は少量でいくつかの種類があるので、保育器の横に”点滴自動注入機”(正式にはシリンジポンプというらしいです)がありました。

そこにはふっとい注射器のようなものが縦に並んでおり、看護師さんがピッピッと設定をすればそのペースで少しずつ液体が注入されていくという便利な機械なのです。中の液体が全部無くなるとブザー音が出て看護師さんにお知らせしてくれます。スバラシイ!

病院に縁のなかった私は、この機械にえらく感動して、ひゃくが寝てしまって動かないときはそっと見守ったり、この点滴の様子を眺めたりしてました。
病院に詳しい方は結構普通のツールなのだと思います笑

この点滴が、まずは抗生物質が無くなり、その次に栄養剤が無くなり…と本数が減っていくことが娘の成長でもあり、喜びを感じていました。

いつかこの機械自体が無くなって保育器から脱出できるといいな…なんて心の中で願いながら毎日娘のもぞもぞを眺めているのでした。
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マタニティーブルーについて [通院期]

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皆さんはマタニティーブルーという言葉をご存知でしょうか?
ざっくり言うと、出産後数日間情緒不安定になり、それが長期に続くと産後うつになってしまうというものらしいのですが、マリッジブルーも無かった私はそんなものとは無縁と思っていました。

しかし、マタニティーブルーは、女性ホルモンのエストロゲンが急激に減少するのも要因の一つと言われており、マリッジブルーとは質が全く違うもの。
もはや、生理的現象です。

そうです、こんな私にもマタニティーブルーがやってきました。

まあ、普通のお産では無かったので出産直後からメソメソとしていましたが、それは普通の感情としての反応だったと思います。
退院して、自宅で暮らすようになってから、マタニティーブルーが本格化してきました。

情緒不安定といっても、その出方は人それぞれ。
ここでわたくしのマタニティーブルーの特徴を実際ににあった出来事をもとにお話しします。



【その1】なんかイライラする

基本的になんかイライラしてました。それは普段は表に出ていないものの、何かのきっかけで怒りが爆発!みたいなことが何度かありました。

産後しばらくは、父が心配して車でひゃくの病院まで送り迎えしてくれたのですが、普通の妊婦さんよりダメージが少なかった分、復活も早く、ぶっちゃけもう一人で行けるよ…と思ってました。

父に何度かそう伝えたのですが、頑固で心配性の父は聞き入れてくれませんでした。

通っている病院内にはコーヒーショップが入っていて、独身の頃からコーヒー好きだった私は通院が始まったときに「わーいコーヒー飲めるー」と思っていました。

しかし、心配性の父は断固反対。帰りに一杯飲んで帰ろうかなと思うと、「カフェインは赤ちゃんに良くないんだからやめろ」と止められる。

「1日2~3杯なら問題ないって言われてるんだよ!」「ひゃくにとって良くないには違いないんだからやめろ!」と頑固親子のケンカが勃発しました笑

結局、父に送り迎えされていた2週間はコーヒーは一切飲まず、その後もコーヒー断ちは続き、その後2か月くらい飲むことは無かったと思います。

…でも今思えば父が正しかったと思います。ただでさえ小さいんですから、母乳にちょっとでもカフェインが入っていたら影響はでるはずです。

まあ、赤ちゃんはカフェインを分解する能力が低いので興奮したり、眠れなくなったりするという程度の影響のようですが、やっぱり良くないものは良くないです。

マタニティーブルーのイライラをコーヒーを飲むことで少しどこかに逃がしたいという気持ちがあったのだと思いますが、ケンカまでして我慢させてくれた父には感謝しています笑



【その2】なんか体があっつい

母乳の生産が軌道に乗ってきて、母親としては良い事なのですがなんというか、体が熱いというか…体の中の脂肪を母乳にめっちゃ変換しようとしてるのか常に燃焼状態で、この時期の私はかなり暑がりになっていました。

マタニティーブルーの影響は旦那にも飛び火しました。

当時は7月の後半。
暑がりに変身した私は、エアコンの設定温度を下げまくります。
元々暑がりではない夫婦。いつもなら夜間はあまりエアコンを付けないようにしている私たちですが、この時期の私は夜もつけていないと暑くてたまりませんでした。

エアコンの温度やオンオフのことでよく怒っていました。(私が一方的に)

その日は旦那が会社の同僚から、当時話題だった「アナと雪の女王」のブルーレイを借りてきて、「一緒に見よう!」となりました。(話題の物は見ておきたい二人)

鑑賞中もエアコンきかせてノースリーブの私に反し、横でブランケットにくるまって見ている旦那。デフォルトで少しイライラしている状態の私は、あてつけがましく寒がっている旦那にちょっと引っかかりつつも鑑賞を継続。

最後まで見終えて、エンドロールが流れ始めたころに、旦那がひとこと

「いや~しかし寒くない?」

な ん な ん だ よ!!

映画観終わって最初の感想が空調の話かよ!!しかも寒い寒いってしつこいんだよ!こっちは暑いって言ってんのに~~~!!

…もうすごい剣幕でまくしたてました笑

せっかくいい映画だったのに残念な思い出がくっついてしまいました笑

まあ温和な性格の旦那、これらのガミガミは聞き流してもらえたおかげで夫婦離散の危機は全くありませんでしたが、今思えば、相手が相手なら取っ組み合いのケンカになってもおかしくない気性の荒さですね!ははっ!



こんなお騒がせなマタニティーブルーも父の送り迎えが終わり、自分で動き始めたころにはすっかり無くなっていました。
きっと運動不足もあったんですかね。ストレスも感じにくくなりました。

私の場合は赤ちゃんと夜は離れているので、産後の母のくせにぐっすり眠れるという贅沢な環境にいました。
きっと普通のママさんたちは、外出もできず産後の体に鞭打って朝も夜もおっぱいをあげ続けるというのは苦行に近いと思います。そりゃ、うつにもなりますね。

というわけで、大したことなかった私のマタニティーブルー事件をご紹介しました!笑

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NICUでの洗礼 [通院期]

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病院の設備状況にもよりますが、入院していた病院のNICUには常時10台ほどの保育器と赤ちゃんが居ました。広い部屋の中の周囲にぐるっと保育器が並び、真ん中にナースステーション代わりのデスクがあり、そこで看護師さんたちはいろいろな事務作業をされながら、赤ちゃんたちを看ていました。

私は娘の保育器の前でただ座って様子を見ているだけなのですが、オープンエアな空間なのでお隣の保育器や看護師さんたちの状況は丸見えという状態で、否が応でも皆さんの働いている時の空気を感じながら過ごすことになります。

NICUにはひゃくちゃんのような未熟児をはじめ、他の原因でここにいる赤ちゃんたちも居ます。みな共通しているのは、保育器に入っていないと生命を維持できないような状況であるということです。

娘の保育器は常に気温30度、湿度(確か)80%以上、高酸素濃度の空間に保たれ、大人からしたらムッとするような空気の中、オムツ一丁で過ごしていました。

胸と足にはモニターが付けられ、心音と血中酸素濃度は24時間常に監視されている状態。心音はもちろん心臓の動き、血中酸素濃度でちゃんと呼吸をしているかを測ります。

要するにこの2つがヤバくなったら命の危険があるということですね。やばい数値まで落ちてくると、機械からブザーがピーピーと鳴り出します。

で、NICU内はというとこのブザーが鳴りっぱなし。
どこの子も鳴らないでシーンとしているほうが珍しい空間です。

NICUに入って長い子になると、ある程度看護師さんも分かっているので鳴っても様子を見る感じでちょっとほっとかれたりするのですが、産まれたての子や体の小さい子は注意が必要なようでした。

私も通院し始めたばかりのころ、娘のブザーも良く鳴っていました。

要するに”呼吸をするのを忘れている”瞬間なんだそうで、血中酸素濃度が落ちて来ると看護師さんがひゃくちゃんの体をさすりながら「はい、息してね~」と声掛け。すると、呼吸を思い出すようにし始め、ブザーが止まってました。

ある時、血中酸素濃度のブザーが鳴って、「あ、いつものかな…」と思ったら、心拍数も落ちてきて両方のブザーが鳴ったので、看護師さんが駆けつけていつものようにマッサージをしてくれました。

が、一向にどちらの数値も良くならず、心拍が落ち続け、笑顔で対応していた看護師さんが結構真剣な目つきで体を強めにさすりだしました。

「え…これ大丈夫…?!やばいんじゃないの…?!」

もうその時の私の心の中のパニック具合は半端ありませんでした。

しばらくするとやっと本人気付いたのか、呼吸をし出し、両方のブザーが止まりました。

…ほんとにこの瞬間は生きた心地がしませんでした…
あのまま数値が戻らなかったらと思うとゾッとします。でも、きっとそういうこともあるんだと思います。これこそ本当に”本人の生きる気力”のことなのでしょう。

そして、こんな時に親ってただ見守ることしかできなくて、本当に無力だな…とも痛感しました。

入院直後はこのようなことが数回あり、1か月もすると比較的安定してきて心拍はそこまで落ちることは少なくなりましたが、心拍の機械の「ピピピピピピピピ!」というけたたましいブザー音は今でもトラウマです…

なんか、血中酸素濃度の機械のブザー音より激しいんですよね…ドキッとする音してるんです。今でもドラマとかでその音を聞くと、私の心拍が上がります…
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