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初めてのお風呂の練習!(2) [通院期]

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いよいよお風呂初挑戦。ビデオで見た限りは予想通りの流れで、さほど難しそうには感じませんでしたので「まあ、大丈夫でしょ!」なんて、のんきに構えていました。

が、実際そうはいかなかったのです…。

まずお風呂の前に、酸素を外し、心拍などを測っているモニターをはがします。
ここでひゃくの体の状態が全く分からない状態になったわけです。

慣れないお風呂なんて入れて、酸素が急激に下がってしまったらどうすんだろ…モニターもつないでいないので、警告ブザーも鳴りません。

「酸素の数値が低くなると、唇が青紫になってくるので、それを気を付けていれば大丈夫!」
と教えてもらいましたが、

「え?!そんな風になったらこええ~~!」と内心、ビビりまくりでした笑

鼻から胃に通していたミルクを注入する用のチューブは、一回外すと挿入するのが大変なので、付けたままの入浴に。先端に蓋が付いており、水は入り込まないので安心です。

いよいよ肌着を脱がせて、オムツを外してお風呂へGO!

GCUの一角には、赤ちゃんをお風呂に入れるための大きな洗面台のようなものが3~4台ほど並んで壁際に設置されており、そこにお湯を溜めて赤ちゃんを洗います。

この洗面台のようなものは、トイレとかに使われているような白い陶器でできていました。

最近の一般的なベビーバスは柔らかい素材が多い中、冷たくて硬い陶器の湯船に入れるのが最初すごい怖かったです。

耳に水が入ると中耳炎などの原因になるらしいので、赤ちゃんの両耳を片手でふさぎながらお湯に浮かせて、空いている反対の手でガーゼを持ち、顔を優しく拭います。湯船は固い陶器なので、赤ちゃんが当たらないよう配慮が必要でした。

その後、泡のベビーソープを片手に取り、頭、そして体を洗っていくのですが、頭を洗うときは泡が目に入ってしまいそうになり苦戦…さらには水中に入っているので、体を洗うときに泡がすぐに溶けてしまい、思うように洗えません。

少しでも泡が体に付くように、洗うときは体が少し水面に浮くように調節するのですが、これが段々辛くなってきます。まだ体重は3キロも無いし、さらに水に浮いているので軽いはずなのに結構キツイ…耳を塞ぎ続けなければならないため、手がプルプルしました笑

「耳に水が入らないように…泡が目に入らないように…そして絶対に落としてはならない…」
という色々なプレッシャーが、余計に腕を疲れさせたのかもしれません。

看護師さんたちは同じ作業をしているのに、ビデオの映像を見てみるととっても簡単そうに見えます。心なしかひゃくもリラックスして洗ってもらっているようでした。

服を脱がされるときは、結構泣いてるのに、お湯に入るとおとなしくなるんです。やっぱり気持ち良いんでしょうね。私が洗った時も、お湯の中では一応静かになっていました。


心の中で「うおおお~~~持ってくれ私の腕~~!早く終われ~~!」と思いながら、お風呂タイムは10分ほどで完了。冷えてしまわないように、ササッと拭きあげて肌着を着せます。

最後に耳と鼻を軽く綿棒で掃除して終了です。

文章にすると無事お風呂は入れられたように感じますが、この時私は「一人でできるかな…」という不安がありました。だってすごい腕辛かったんですもの。


でも、結果から言うと、退院してからの自宅でのお風呂はそんなに大変じゃありませんでした。

なぜなら、うちで用意しておいたベビーバスは空気で膨らますタイプの柔らか素材。深さも無いので、ひゃくを置いてゆっくり洗ってあげることができました笑

いやしかしほんと、病院の赤ちゃん用のお風呂はレベル高いっす。おかげで自宅での入浴は楽に感じました笑
ある意味、ありがたい経験だったかもしれませんね!

以上、(私の)初めてのお風呂体験でした!

初めてのお風呂の練習!(1) [通院期]

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退院延期が決定してから、改めて始まった通院生活。

自分の中では、出産予定日を目指して気持ちを保っていた部分がありましたので、心を折られたような気持ち半分と、新しい家族が自宅にやってくるという緊張が少し緩んだのが半分という複雑な心境になっていました。

それでも、ひゃくは毎日おっぱいも飲みますし、少しずつ成長していきました。
病室に行き、ひゃくの様子を見ることは毎日の楽しみになっていました。

そんなある日、担当看護師のヤマオカさんがこんな提案をしてくれました。

「そろそろ、お風呂の練習していきましょうか!」

お、お風呂!!すっかり忘れてた…そう言えばそんなことがありましたね!

お風呂タイムが主に午前中だったため、昼前に病院に着くことが多かった私はなかなかそのタイミングに出会えず、いつも看護師さんに任せきりでした。

てか、酸素付けてて、体にモニターとかチューブがくっついてる状態でできるのか?!私になんかに…
という不安な気持ちでいっぱいになりました笑

とは言え、普通に産まれる赤ちゃんたちのママも退院時に練習していることですし、当然やるしかありません。

後日、まずは見て学ぼう!ということで、ヤマオカさんがひゃくをお風呂に入れながら解説してくれることに。

私は復習できるようにビデオを回しながら見ていました。

しかし、本当に手際の良い事!さすが看護師さんです。ダテに毎日たくさんの赤ちゃんをお風呂に入れてません。

もう余裕がありすぎて、途中でガーゼをひゃくの頭にそっと乗っけて、「ばばんばばんばんば~ん♪」って歌ってました。  …ね、年代ばれちゃいますよ!汗  おちゃめなヤマオカさんです。

そうこうしている間に入浴は終了。ひゃくもあっという間に肌着を着せられて、きれいさっぱりです。

ふむふむ。見ている分には結構できそう…かな?うん、大丈夫そうだ。後でビデオ見ようっと。
なんて軽い気持ちのまま、あっという間に週末になりました。

ドキドキしながら旦那と一緒に病院へ。ヤマオカさんはひゃくをお風呂に入れず、私たちを待っていてくれました。

「それでは、どっちがやります?パパ?ママ?」

お互いちょっと怖いので、どうぞどうぞの精神で譲り合ったのですが、やはり最初は私が…ということに。旦那はビデオ係です。

初産だったので、首がグラグラの赤ちゃんをお風呂らしいお風呂にに入れるのは初体験。しかも、モニターとか色々体にオプションが付いています。

いつも授乳の時に抱っこしていますが、それとは違う技術が必要そうだな…と感じました。

でも流れはビデオで見たし、大丈夫大丈夫…

果たして、私は無事にひゃくをお風呂へ入れられるのだろうか…?!

つづく

いよいよなのか…?! [通院期]

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どうもお久しぶりです!
なかなか更新ができなかったのですが、今回は久しぶりに入院していたころのお話をさせて頂きますね!

GCU生活にも慣れて、いよいよ入院生活も佳境に入ってきました。入院初期から言われていた、退院の目安である出産予定日の頃が近づいてきたのです。

10月中旬が予定日だったひゃくですが、実際に産まれたのは7月中旬。それは、10月上旬の週末のこと。

夫婦でひゃくに会いに来た際に、先生からお話があると言われました。

「え…もしかして、退院についてかな?!」

と、ソワソワしながらも、どうしても悪い報告のイメージを拭い切れない自分が居ました。こういうシーンは入院してから何度かありましたが、本当に慣れません。緊張と不安が入り混じり、心臓がドキドキしていまいます。

そして例の通り個室に案内され、部屋に入るや否や、早速本題の退院時期についての話が始まりました。

先生はちょっと苦い顔をして、

「う~ん、まだちょっと退院は難しいかな…」

と続きました。

その言葉を聞いたときの事は忘れません。あの苦い表情にドキッとしましたし、「やっぱり…」と、すごくガッカリしたのを覚えています。

この3か月間は私にとってはすごく長く感じていました。少しでも早く一緒に家に帰りたいと常に思いながら過ごしていましたので…。まだこの日々が続くのかと思うと、やはり残念な気持ちになってしまいました。

理由としては、
・まだ血中酸素飽和濃度の数値が安定しておらず、肺の状態が心配
・眼球内の毛細血管の発達具合がイマイチ

といった点が大きかったようです。体重などその他については、2キロ越えるくらいまで成長しましたし、ミルクの飲みもまあまあだったので、もう退院しても差し支えはない様子でした。

そういう訳で、10月中旬の退院は叶わず、もうしばらく入院生活を続けることとなりました。

退院延期についてはもちろんですが、お話の中でもうひとつ言われた事があり、私の中ではそれが気がかりになっていました。

「しばらく様子をみても酸素の数値が良くならなかったら、退院の際に酸素の機械をお貸しするので、お家でも鼻からチューブを付けて様子を見ていく必要があるかもしれませんね。」

聞けば、病院で使用されている酸素を供給してくれる大掛かりな機械は、カートで持ち歩きできるくらいのサイズがあり、それを自宅用に貸し出してくださるとのことでした。

え…そんな…家でも??

すごくショックでした。

私も初産だったので、赤ちゃんと一緒の生活については、夢見がちな部分が当時多かったと思います。
「抱っこしてお出かけして、あんなとこ行って、こんなことして…」
なんていう、思い描いていた幸せな赤ちゃんライフが音を立てて崩れた気がしたのです。(まあ、お産の時から理想とはかけ離れていたんですが…)

だって、”赤ちゃんを抱っこしてるママ”と”酸素チューブをつないだままの赤ちゃんとママ”を何も知らない人が見たら、やっぱり後者の親子に対しては特別な視線を向けてくるのは間違いありません。

「なにかの病気かしら…かわいそうに…」と思われることでしょう。親子が本当に幸せだったとしても、です。

「幸せなら、他人の目なんて気にすることないだろ」とご意見もあるかと思いますが、ほんとその通りだと思います。それに、ひゃくの体の為には仕方の無い事ですから。「そんな事言ってる場合じゃないだろ」ということも充分分かっているのですが、当時の私にはショックが大きかったのです。



そんな話を聞いた後、複雑な気持ちでひゃくの元に戻ると、相変わらずもぞもぞとのんきに手足を動かしていました。鼻のチューブをすぐに外そうとしてしまうので、手袋を付けさせられています。自分の体のため…というのは本人には分からないですからね…純粋に邪魔なんでしょうね。

はあ~人の気も知らないで…

嫌がってしょっちゅう自分で外している鼻の酸素チューブを、家に帰ってもまだ着けなければいけないなんて…。

3か月間、いくつもの注射や点滴、検査に耐えて、ずっと保育器の中で暮らしてきたひゃくには、自宅ではのびのびと自由に過ごさせてあげたいとずっと思っていました。

でも、もしかしたらそれも叶わないかもしれない。家に帰っても、嫌いなチューブを我慢して着けさせなけれないけないかもしれない。

「退院すれば、全ての治療が終わるなんて考え、甘かったな…。」健康で普通に暮らせることが、どんなに幸せなことなのかを改めて思い知らされました。


でももっと頑張れなんて言えない。ひゃくは充分頑張っていました。

どこかの本で読んだ話ですが、「赤ちゃんは今できること以上のことに常に挑戦している。100しかできない体で120のことをこなそうとしている」…まさにその通りだと思います。

ひゃくは、今日までできなかったことを明日できるようになるため、一生懸命成長していました。

そう思うと、「自分だけ一刻も早く退院させたいなんて考えてばかりで、アホだなあ…」という気持ちが湧いてきて、「焦らず、ゆっくりとでいいんだ!」と自分に言い聞かせることができるようになりました。


外している時のほうが調子が良かったり、かと思うとすぐに酸素の数値が落ちたり…ひゃくの肺の状態に一喜一憂していたこの時期。

担当看護師のヤマオカさんや他の看護師さん方も、ひゃくの酸素の数値についてすごく気にかけて下さり、少しでも調子が良さそうなら鼻のチューブを外して、少しずつ酸素チューブ無しの世界に体が慣れてくれるよう、対応して下さってました。


そんなこんなで、退院はまだ少し先の話…

と、思っていた矢先、その日は突然やってくるのです…

つづく



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命をつなぐために必要だったこと [通院期]

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皆さんこんにちは!
今回はちょっとお話が遡ってしまうのですが、ひゃくが生まれてすぐのNICUに居た頃の話をさせて頂きます。

実はひゃくは、入院してすぐの頃に一度輸血を受けました。
先生のお話によると、しばらく様子を見ていましたが、やはり体内で血液を作り出す力が足りないため、このままでは成長に必要な血が足らなくなってしまうとのことでした。

先生の話し方の様子からも、「やむを得ずなのですが…」といった感じ。それは、輸血というのが一般的にあまり良いイメージが無いことを物語っていました。

もちろん私たちもそうでした。輸血によって被害を受けたニュースもいくつか見てきています。”輸血”の話を聞いた時、一番初めにそういった不安がよぎりました。

娘はAB型で私と同じだったので、母親である私の血を使う事はできないのかと相談しましたが、指定の機関から支給される血液のみを使うという規定があるようで、血の繋がった親でも輸血することはできないのだそうです。

色々と思う事はありましたが、やはり娘の命には代えられません。先生には宜しくお願いしますと輸血を了承する旨をお伝えしました。

そして、ある日ひゃくに会いに行くと、先生に輸血が完了した旨を伺い、「そうか…」と何となく複雑な気持ちになったのを覚えています。その後は特に問題はなく、今まですくすくと育ち、現在では生意気な2歳児に成長しました笑

輸血については色々な考えをお持ちの方がいます。宗教上の理由でも、輸血を拒否する方々もいらっしゃると思います。私の昔の知人にも、そういった理由で輸血が出来ないため、何かあった時のために、かかりつけの病院で自分の血液を保存しておいているという方もいました。

将来、ひゃくが大きくなった時にそういった方たちと接する機会があったら、一体ひゃくはどんな風に思われるのだろうか…忌み嫌われるような存在になってしまうのだろうか…とか今でも色々と不安になったりもします。

でも、今の元気なひゃくはその輸血があったからこそ存在しているのであって、然るべき機関でしっかりと検査をクリアした、親の血よりも安全な血液を頂けたからだと信じています。

ひゃくの生きる力になって下さった、AB型のどこかの誰かさんにはとても感謝しています。

今まであまり献血について興味が無かった夫婦ですが、機会を見つけては主人は献血に行っているようです。
ひゃくの居る手前、なかなか行けない私ですが、いつか私も行かなくてはなと思っています。(ほんとは私こそ行くべきなんですけどね…彼はA型だし…)

という訳で、今回は色々と考えさせられるテーマについてお話ししました!ちょっと重いお話になってしまいましたが、いつかお伝えしたいと思っていたことなので、書けて良かったです。次回はまたふざけた内容の日記になるかと思います…スミマセン笑

それでは!


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GCUの同期たち(2) [通院期]

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皆さんこんにちは!

前回はGCUで知り合った双子ママについてお話しましたが、今回は別のママのお話をしようと思います!

ある日、授乳室にひゃくを抱えて入ると、あまりお見かけしないママがいらっしゃいました。

病院の授乳室は横長のベンチなので、みんなで横並びに座って授乳するのですが、そのママの奥にいつもの双子ママが居たので、二人の間に座りました。

双子ママと私は毎度のことながら、授乳に四苦八苦。赤ちゃんもまだ体力が無いので、途中で寝てしまったり、乳首をくわえたがらず泣いてしまったり…
酸素の数値も気になるので、常に首の角度とか色々気を配っていました。

そんなさなか、ふと隣をチラリと見てみると、なんとそのママは授乳クッションに両肘をついて、かなりリラックスした状態で授乳をしていたのです!

「ええ~~~?!す、すごい~!」と内心ビックリ。授乳クッションに横たわる赤ちゃんはまだ小さく、ひゃくよりちょっと大きめといった感じでした。

でも、普通の赤ちゃんよりは小さめの赤ちゃん。きっとおっぱいを飲むにはまだ大変そうな大きななのですが…
なんということでしょう。母子ともに何事もないかのように授乳タイムを過ごしています。

双子ママも同じタイミングで同じことを思っていたのかもしれません。二人して、その親子の様子を凝視してしまいました笑

そこで思わず、「すごい慣れてらっしゃいますね」と声を掛けてみました。いつも自分から話しかけるなんて滅多にない自分が…

すると、そのママは気だるげにというか低めの声というか、落ち着いたトーンで、
「あー、この子三人目なんで…笑」
という回答が返ってきたのです。

あーなるほどー!それで慣れてたのか!納得。
しかし、三人を産んだとは思えないほど華奢な女性で、話し方とかイメージは、YOUさんみたいな感じで、なんかかっこよく見えました笑

聞けば、三人目のお子さんは少し小さめで産まれたため、GCUに入っていたようです。母子ともにあまり問題はなかったようなので、すぐに退院されたので数回しかお話できませんでしたが、初産のママが多い中で、私にとってはとても新鮮でした。

今でも良く覚えているシーンが、そのリラックスした姿勢でおっぱいをあげながら、
「いや~ほんとこの時間って退屈ですよね~」と漏らしていたこと。

その時は「え~授乳が退屈だなんて…絶対考えられん!」と思っていましたが、退院して数か月経ったころ、その言葉の意味が分かったような気がしました笑

でも、あんなに苦労しながらあげていたおっぱいが、退屈と思えるくらい日常的なものになったのは、我が子が成長した証。それも喜ばしいことだな~とも今では思っています。

しかし、あのママさん以上にテンションの低い方にはまだ出会えてないですね。育児に慣れている慣れていない以前に、多分性格の問題なんでしょうね!とってもクールなママさんでした!


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GCUの同期たち(1) [通院期]

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NICUからGCUに移動してしばらくすると、哺乳瓶にプラスして、おっぱいトレーニングが加わりました。

トレーニングとは言っても、哺乳瓶で飲ます前に授乳室でおっぱいを飲ませるだけのことなのですが、今までチューブで母乳を注入されていた娘がこうしておっぱいを飲むという段階まで来たことが母親にとってはとても嬉しいことでした。

さらには新しい出来事が加わることになりました。
そう、ほかのママたちとの接触です。

今まで保育器の前でにらめっこの毎日だった私ですが、ひゃくが保育器を卒業してからすかっかり普通の赤ちゃんらしい生活を送れるようになってきて、いよいよ私もママらしい生活が始まった(気がしてました)。

でも、まだまだ他のママとの接触方法が分からない新米ママの私。普通に友達になるってのとはまた違うんですよね…なんか。
しかも、ここにいる子たちは何か問題があってここに居る訳ですし…
うかつに変な話をするわけにもいかず…

そんなわけで、授乳室デビューをしてもすぐには他のママと打ち解けることはありませんでした。皆さんあまり積極的にお互い話しかけていませんでしたし…

しかし、毎日病院へ通っていると自然と顔見知りになるんですね。
「あ、あのママは今日も来ているな…」とか、
次第にどの子のママなのか分かるようになってきました。

しばらくすると授乳室で自然と言葉を交わすようになり、ちょっと親しくなったママさんがいました。

その女性は小さな双子ちゃんを産んだママで、妊娠高血圧症により母体が危険になったため、かなり早い段階で取り出されたということでした。

双子ちゃんは男の子と女の子。女の子の方がお姉ちゃんで少し大きかったのですが、それでも二人とも産まれてきたときは600グラム台(!)だったそう。ひゃくよりも小さいのですから驚きです。

基本的に未熟児が退院できる目安は元々の出産予定日。聞けば4~5か月は入院が必要になりそうとのことでした。大変だ…

双子ちゃんはひゃくよりも一回り小さいのですが、二人ともひゃくのような肺機能などの問題は無かったので、既に保育器は卒業していました。

授乳タイムの双子ママは大忙し。一人目を部屋に連れてきて、体重測定→授乳→体重測定(どれだけ飲めたかチェック)→一人目を戻して、二人目を連れてきてまた繰り返し…そしてその後は哺乳瓶で残りの分をあげるのです…

一人でも大変なのに…見ているだけで「ご苦労様です…」と思ってしまいます。もちろん、看護師さんがどちらかの子にミルクをあげたりなどのサポートはしていましたが、看護師さんも他の子がいるので毎回フォローできている訳ではなく…(看護師さんは基本的にママ不在の赤ちゃんに対してのお世話がやはりメインになってしまいます。)

しばらくすると徐々に体重も増えてきて、双子のお姉ちゃんの方は他に問題も見当たらず、ひゃくよりも先に退院できることとなりました。

お~良かった!おめでとう!と、手放しに喜べないのが双子ちゃんの母。すると今度は、自宅でお姉ちゃん、病院で弟くんと大変な2重生活の始まり…!
もうママは目の回る忙しさだったことでしょう…

しかも、弟くんは腸ヘルニア、いわゆる出ベソが見つかり、しかもあまり良くない位置だっため早急に手術が必要とのことで、手術に耐えられる体重になるまで入院を続けなければなりませんでした。

手術自体は数分で完了する、命には別条ない軽いものとのことでしたが、この状況で手術と言われると、きっと不安も多分にあったと思います。

それでもいつも明るくニコニコされていたママ…本当にすごいなあと思いました。

弟くんの手術よりも一足先にひゃくが退院してしまったので、その後の経過はわかりませんでしたが、退院後の定期健診で病院を訪れた際に、看護師さんから無事に弟くんも退院して元気に暮らしていると伺いました。本当に良かったです。

こんな感じでGCUではそれぞれの家族のドラマを垣間見ることができました。ひゃくよりも大変な子がたくさん居て、でも親も子供も毎日を一生懸命に過ごしていました。本当に学ぶことが多い場所だったと今でも痛感しています。

つづく

GCUからの新しい課題 [通院期]

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GCUへと移ったひゃくが、1日の生活の中で一番変わったことといえば、数時間に1回のミルクタイムです。

今までは胃から鼻に通されていたチューブで母乳を流し込まれていたものが、これからは直接自分で哺乳瓶から飲めるように訓練をしていかなければなりません。

もちろん急にそんなことができるわけではありませんので、保育器時代からずっとおっぱいを吸う訓練を続けてきました。

NICUのミルクタイム中には母乳を注入されながら、母乳で湿らせた太めの綿棒?みたいなものを口元に持っていき、チューチューと吸わせていて、これにより吸う力が日々少しずつ鍛えられ、GCUに来たときおっぱいを吸う練習が始めやすいようにしていました。

当然のことながら、みんながみんな急に哺乳瓶から飲めるようになるわけではありません。始めは哺乳瓶でチャレンジするのですが、飲むのに疲れると途中で眠ってしまったりするんですね~

そんなときには、残った母乳は胃まで通してあるチューブから直接注入します。

つまりある程度自力で飲めるようになれば、晴れてお鼻のチューブは取れるわけです。

体重が増えていけば自然と吸う力も付いてきます。こうして練習を繰り返しながら少しずつ普通の赤ちゃんに近づいていくんですね。

幸い、ひゃくは食についてはあまり問題の無い子でした。体重を増えやすくするためのマズイと評判の粉ミルク入りの母乳もごくごくと飲みましたし、私が心配していた哺乳瓶についてもあまり拒否らず、すんなりといきました。

この頃から食い意地が張っていたんでしょうねえ…笑

どっちかというと、母親の私のほうが結構苦労していた気がします。。

ミルクタイムになると、解凍して適温に温められた規定量の母乳が哺乳瓶に入った状態で母親に渡されます。そしてそれを飲ませるのですが、初めての赤ちゃんなうえに体は標準よりかなり小さく、首はぐらぐら。おまけに変な角度で飲ませると酸素の数値が落ちる落ちる…笑

ほんとに哺乳瓶を飲ませているときは、気にする部分がたくさんあって(自分が慣れていないということも多分にあるのですが…)結構大変だった記憶があります。

ちゃんと母乳を飲んだ後も、まだまだ気にすることはありました。すぐに寝かせてしまうと赤ちゃんの胃袋は徳利のような形をしているため、吐いてしまいがちなんだそうで、飲み終わった後も私はひゃくを抱っこし続けていました。

初めのころはホントにいつ置いていいかタイミングが分からず、次のミルクタイムまで抱っこし続けたこともありました。
すっげーーー肩とか腰が痛くなりました笑

だってだって、この頃はミルク飲ませてもピーピー、そっと寝かせてもピーピー…酸素の数値をはかるモニターの警告音に振り回されまくっていました。
あっ!と思って、置くのをやめたり、哺乳瓶を外したり、あのピーピーは今でもあんまり聞きたくないですね…

NICUの頃より、母親的にはやることが増えてうれしい反面、苦労も多かったGCU時代なのでした。

つづく

遂に念願の…! [通院期]

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2か月以上保育器の中で暮らしていたひゃくちゃん。体重は減ったり増えたりの繰り返しをしながらも、徐々に数値を増やし、体重は1.5キロくらいにまでなっていました。

「いつか保育器を出る日が待ち遠しいなあ…」

なんて考えながら、1日中保育器の前でひゃくを見つめる日々が続いていました。

その頃、少しNICUはバタついていました。病院内で双子ちゃんの誕生や緊急で他の産院より運ばれてきた赤ちゃんたちなどが重なり、病室内はかなり飽和状態。

NICUの看護師さんたちからすれば、事態が深刻な赤ちゃんが増えるほど負担が増えるわけで、あまり良い状況とは言えませんでした。(実際、忙しさにピリピリしている感じの時もしばしば…ミルクタイムが押すこともありました。)

ある日、いつものようにGCUを通って、NICUへ入った瞬間看護師さんに

「あっ、ひゃくちゃんは隣の病室に移動しました!」

えっ??!!

突然のGCUへの移動!!笑

来た道を戻って、GCUの奥へ進むと居ました居ました。

口元に酸素マスクはあててあるものの、保育器から脱出し、すやすやと眠るひゃくがいるではありませんか!
親としてはとても嬉しい事件でした。

「ふ…服を着ている…!!」

そう、一番うれしかったことは服を着、オープンエアで暮らしていることでした。約30度のぬくぬくした保育器から、24度くらいの大人たちにとっての適温の世界へ来たひゃくは、病院で貸し出してもらえる柔道着のようなごわっごわの産着を着せられていました。

でも嬉しい。親としてはぶかぶかの柔道着も可愛くて仕様がないのです。早速ビデオカメラにその姿を収めまくったのを覚えています笑

話によると、NICUの保育器の空きが無くなってしまったため、押し出されるように比較的大丈夫そうな子から脱出させられた感じのようでした。
なるほど…ま、まあひゃくは、NICUの中で一番出ても大丈夫だったということですね!(前向き)

相変わらず、酸素の数値は安定しないため、酸素マスク付きではありますが、これからは気軽に触ったり手を握ってあげることもできます。私がしてあげられる事も増えてくるわけです!

こうしてここからGCU生活が始まるのですが、まだまだ退院までは遠い道のりなのでした…

つづく

恐怖の眼底検査!(2) [通院期]

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検査自体は10分弱といったところでしょうか、赤ちゃんが暴れたりしなければすぐに終わるような検査みたいですが、そんなことは赤ちゃんは分かりませんから、どの赤ちゃんも抵抗しまくるようで、暴れると時間が長引くことも…

ひゃくも、体を固定してくれてる看護師さんや先生に抵抗しまくりましたが、結局10分くらいで終了。すると先生が私のところに来てくださって、

「眼球内の血管はまだまだ未発達ですね。また再来週様子をみてみましょう。」と、次の赤ちゃんの保育器へと向かっていかれました。

そんなこんなで、大変な眼底検査の直後のひゃくの元に駆けつけてみると、検査の際の器具の跡がくっきりと付いて腫れ上がったまぶたのひゃくちゃんが。
さすがに初見のときは可哀想に思い、涙ぐんでしまいました。

血管の発達具合を見て、先生が次の週も診るか、2週間置いて血管の伸びを待つかを決めます。始めのころはまだまだ未発達で2週間おきが多いのですが、つぶさに確認が必要な時期になると毎週マメに診なければならず、赤ちゃんたちにとっては恐怖の木曜日だったかと思います。(赤ちゃんに曜日感覚はありませんが)

こうして、初めての眼底検査は終了。。
ここから恐怖のお目目の検査の日々が続くことになったのでした。

もちろん血管の発達具合が良好な場合は、入院中でも検査不要ということでこの検査は無くなりますます。しかし、なかなか血管が延びきらなかったり、異常な形で発達してしまうと視力の低下や失明を引き起こす”未熟児網膜症”を発症してしまうのです。そうなると治療が必要で、レーザーなどでの処置が施されます。

治療で改善するとはいえ、やはりまだ小さな赤ちゃんたち。親からすれば、体の負担になりそうな治療や手術は避けたいと思いますし、最悪の場合は失明という悲しい結果を招いてしまうことも…やっぱり、何事もなく発達してくれることを願わずにはいられません。

この記事を書くにあたり、未熟児網膜症についてネットで改めて調べなおしていたところ、1500グラム未満の赤ちゃんの発症率60%、妊娠28週未満の赤ちゃんの発症率はほぼ100%と記載がありました…

ひゃくは27週、948グラムで生まれ、その情報からすると発症率100%…
あの時は、無我夢中だったので未熟児網膜症についてネットで詳しく調べることもしませんでしたが、今思えば調べなくて良かったです。
だって当時にこんなこと読んでしまったら、心配と不安できっと眠れなくなってしまいそうでしたから。

また入院期後半で詳しくお話ししようと思いますが、結果としてひゃくは無事血管も発達し、治療はせずにすみました。今では何でも良く見えているようです。(ジョージをガン見するくらいですから笑)

妊娠28週未満の赤ちゃんの発症率はほぼ100%というデータはあくまで確率のお話なんでしょうね。本当に発症しなくて良かったです。

あれをやると白目の部分を出血することが結構あって、退院直後の写真を見ると白目に赤い出血が。
「あ~これって検査直後だったんだな~」
なんてしみじみと思い出したりしました。

今となっては思い出のひとつですが、ひゃくにとっては恐怖体験だったでしょうね。
そして、子供たちのために診てくださっているのに、子供たちに嫌われてしまう眼科の先生には申し訳ないな~と思ってしまいました。

本当に物腰の柔らかい優しい先生で、退院後も通院で何度か眼底検査でお世話になっていたのですが、ひゃくはもう会いたくないかもしれないですね…汗
何にせよ、本当にありがとうございました…!


以上、恐怖の眼底検査についてでした!

恐怖の眼底検査! [通院期]

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NICUにいる赤ちゃんたちは、入院中に様々な検査を受けています。

そのほとんどが親の居ない時間を避けて行われているのか、いつも結果を教えられて検査があったことを知るという感じでした。

未熟児として生まれた場合、体の様々な部分が未発達のまま外に出てきてしまっていることが多く、普通に保育器の外で暮らせるようになるくらいまで成長していることが確認できてから、晴れて退院となるのです。

成長するスピードは赤ちゃんそれぞれで違いますので、定期的に検査を受けて成長の度合いをチェックする必要があるんですね。

そんな中でも私の中で、ひときわ印象的な検査がありました。
それが、眼球内の毛細血管の発達具合を確認する”眼底検査”なのです!

眼底検査は眼の詳しい検査になるので、小児科のいつもの先生ではなく眼科の先生が毎週木曜の夕方に病棟にいらっしゃって、子供たちの眼を診て下さいました。

しかしこの眼底検査、赤ちゃんたちからしたら痛くって誰もが嫌がる検査。何せ眼球内の血管を見るには、金属の器具で無理やりまぶたを閉じないように固定して光を当てなければならないという、聞いてるだけでもかなり痛そうな内容。。

タイミングが合えば検査の時間帯に居合わせることもできたのですが、検査中は例のごとく親は終わるまで外で待っていなければならなかったため、夕方の時間帯ということもあり私はそのまま帰宅することが多く、検査の結果は翌日看護師さんから直接伺うか、お話しノートを読んで確認する感じでした。

でも実は、一度だけ眼底検査をそばで立ち会うことができる機会がありました。

それはまだひゃくが入院して間もない頃、初めて眼科の先生とお会いしてご挨拶をさせていただいた時でした。
挨拶もそこそこに、「それでは検査に移るので、ちょっとお母さんは離れていていただけますか?」と言われ、まだ眼底検査の内容もその大変さも知らない私は結構のんきな感じで一歩下がってその様子を見ていました。

すると、

「にゃああ~~~~~~!!!」

まだ小さくて元気のないひゃくちゃんはあまり大きな声で泣くのを聞いたことがなく、こんなにも泣くのを初めて聞いてびっくり!
何をされているかは見えませんでしたが、とんでもなく嫌な事をされているのはその泣き声で分かりました。

私は予想外の検査内容にその場で立ったまま硬直して、じっとその様子を見つめていました。

果たしてその検査結果は…

つづく