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退院までのいくつものハードル [通院期]

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入院して数週間経過しても、体重が1キロを超えないひゃく。母親としてはやきもきする日々が続きます。保育器の下部には内部の温度と湿度と患者の体重が表示されており、ひゃくに会うときはまずはじめにいつも体重を確認していました。

入院直後に衝撃の脳内出血のお話があった他は、特に大きな異常は見つからず、
「あとは、保育器でれる位体重がおっきくなれば大丈夫なんでしょう?もしかしたら2か月くらいで退院できるかもな!」
なんて楽観的な考えを当時はしていました。

しかし、そんな簡単なことではありませんでした。未熟児が外の世界で暮らせるようになるまでには,、たくさんのハードルがあったのです。

赤ちゃんによって、そのハードルは様々ですがひゃくの場合の関門をざっと挙げてみると…

・体重が2キロオーバー(2キロは大体の目安です。このぐらいになると退院できる体力がついてきます)
・聴覚の発達
・視神経の発達
・呼吸器の発達
・おっぱいが自力で飲めるようになる&おっぱいだけで暮らせるようになる

大まかにはこんな項目がありました。こんなに退院まで遠い道のりが…!と気付くのはもう少し後になってからの事です。

きっと先生的には、こういうことはもちろんですが、血液検査の結果で分かる何やら難しい数値をクリアする必要があることもいろいろあったのだと思います。
しょっちゅう血液採取してましたしね。

まずは、体中に付いた管の数々を取ることが先決です。

まだ母乳がたくさん飲めないので、母乳をちょっと胃に流し込まれる他は栄養のある液体を点滴で常に注入されていました。

そして、抗生物質の点滴と、あと他にお薬の点滴…当時のひゃくは3種類の点滴を同時に入れられてました。大人でもびっくりの量です。

よく見る点滴はビニールのバッグに入った液体を上から吊るして注入するものですが、ひゃくの点滴の量は少量でいくつかの種類があるので、保育器の横に”点滴自動注入機”(正式にはシリンジポンプというらしいです)がありました。

そこにはふっとい注射器のようなものが縦に並んでおり、看護師さんがピッピッと設定をすればそのペースで少しずつ液体が注入されていくという便利な機械なのです。中の液体が全部無くなるとブザー音が出て看護師さんにお知らせしてくれます。スバラシイ!

病院に縁のなかった私は、この機械にえらく感動して、ひゃくが寝てしまって動かないときはそっと見守ったり、この点滴の様子を眺めたりしてました。
病院に詳しい方は結構普通のツールなのだと思います笑

この点滴が、まずは抗生物質が無くなり、その次に栄養剤が無くなり…と本数が減っていくことが娘の成長でもあり、喜びを感じていました。

いつかこの機械自体が無くなって保育器から脱出できるといいな…なんて心の中で願いながら毎日娘のもぞもぞを眺めているのでした。
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マタニティーブルーについて [通院期]

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皆さんはマタニティーブルーという言葉をご存知でしょうか?
ざっくり言うと、出産後数日間情緒不安定になり、それが長期に続くと産後うつになってしまうというものらしいのですが、マリッジブルーも無かった私はそんなものとは無縁と思っていました。

しかし、マタニティーブルーは、女性ホルモンのエストロゲンが急激に減少するのも要因の一つと言われており、マリッジブルーとは質が全く違うもの。
もはや、生理的現象です。

そうです、こんな私にもマタニティーブルーがやってきました。

まあ、普通のお産では無かったので出産直後からメソメソとしていましたが、それは普通の感情としての反応だったと思います。
退院して、自宅で暮らすようになってから、マタニティーブルーが本格化してきました。

情緒不安定といっても、その出方は人それぞれ。
ここでわたくしのマタニティーブルーの特徴を実際ににあった出来事をもとにお話しします。



【その1】なんかイライラする

基本的になんかイライラしてました。それは普段は表に出ていないものの、何かのきっかけで怒りが爆発!みたいなことが何度かありました。

産後しばらくは、父が心配して車でひゃくの病院まで送り迎えしてくれたのですが、普通の妊婦さんよりダメージが少なかった分、復活も早く、ぶっちゃけもう一人で行けるよ…と思ってました。

父に何度かそう伝えたのですが、頑固で心配性の父は聞き入れてくれませんでした。

通っている病院内にはコーヒーショップが入っていて、独身の頃からコーヒー好きだった私は通院が始まったときに「わーいコーヒー飲めるー」と思っていました。

しかし、心配性の父は断固反対。帰りに一杯飲んで帰ろうかなと思うと、「カフェインは赤ちゃんに良くないんだからやめろ」と止められる。

「1日2~3杯なら問題ないって言われてるんだよ!」「ひゃくにとって良くないには違いないんだからやめろ!」と頑固親子のケンカが勃発しました笑

結局、父に送り迎えされていた2週間はコーヒーは一切飲まず、その後もコーヒー断ちは続き、その後2か月くらい飲むことは無かったと思います。

…でも今思えば父が正しかったと思います。ただでさえ小さいんですから、母乳にちょっとでもカフェインが入っていたら影響はでるはずです。

まあ、赤ちゃんはカフェインを分解する能力が低いので興奮したり、眠れなくなったりするという程度の影響のようですが、やっぱり良くないものは良くないです。

マタニティーブルーのイライラをコーヒーを飲むことで少しどこかに逃がしたいという気持ちがあったのだと思いますが、ケンカまでして我慢させてくれた父には感謝しています笑



【その2】なんか体があっつい

母乳の生産が軌道に乗ってきて、母親としては良い事なのですがなんというか、体が熱いというか…体の中の脂肪を母乳にめっちゃ変換しようとしてるのか常に燃焼状態で、この時期の私はかなり暑がりになっていました。

マタニティーブルーの影響は旦那にも飛び火しました。

当時は7月の後半。
暑がりに変身した私は、エアコンの設定温度を下げまくります。
元々暑がりではない夫婦。いつもなら夜間はあまりエアコンを付けないようにしている私たちですが、この時期の私は夜もつけていないと暑くてたまりませんでした。

エアコンの温度やオンオフのことでよく怒っていました。(私が一方的に)

その日は旦那が会社の同僚から、当時話題だった「アナと雪の女王」のブルーレイを借りてきて、「一緒に見よう!」となりました。(話題の物は見ておきたい二人)

鑑賞中もエアコンきかせてノースリーブの私に反し、横でブランケットにくるまって見ている旦那。デフォルトで少しイライラしている状態の私は、あてつけがましく寒がっている旦那にちょっと引っかかりつつも鑑賞を継続。

最後まで見終えて、エンドロールが流れ始めたころに、旦那がひとこと

「いや~しかし寒くない?」

な ん な ん だ よ!!

映画観終わって最初の感想が空調の話かよ!!しかも寒い寒いってしつこいんだよ!こっちは暑いって言ってんのに~~~!!

…もうすごい剣幕でまくしたてました笑

せっかくいい映画だったのに残念な思い出がくっついてしまいました笑

まあ温和な性格の旦那、これらのガミガミは聞き流してもらえたおかげで夫婦離散の危機は全くありませんでしたが、今思えば、相手が相手なら取っ組み合いのケンカになってもおかしくない気性の荒さですね!ははっ!



こんなお騒がせなマタニティーブルーも父の送り迎えが終わり、自分で動き始めたころにはすっかり無くなっていました。
きっと運動不足もあったんですかね。ストレスも感じにくくなりました。

私の場合は赤ちゃんと夜は離れているので、産後の母のくせにぐっすり眠れるという贅沢な環境にいました。
きっと普通のママさんたちは、外出もできず産後の体に鞭打って朝も夜もおっぱいをあげ続けるというのは苦行に近いと思います。そりゃ、うつにもなりますね。

というわけで、大したことなかった私のマタニティーブルー事件をご紹介しました!笑

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NICUでの洗礼 [通院期]

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病院の設備状況にもよりますが、入院していた病院のNICUには常時10台ほどの保育器と赤ちゃんが居ました。広い部屋の中の周囲にぐるっと保育器が並び、真ん中にナースステーション代わりのデスクがあり、そこで看護師さんたちはいろいろな事務作業をされながら、赤ちゃんたちを看ていました。

私は娘の保育器の前でただ座って様子を見ているだけなのですが、オープンエアな空間なのでお隣の保育器や看護師さんたちの状況は丸見えという状態で、否が応でも皆さんの働いている時の空気を感じながら過ごすことになります。

NICUにはひゃくちゃんのような未熟児をはじめ、他の原因でここにいる赤ちゃんたちも居ます。みな共通しているのは、保育器に入っていないと生命を維持できないような状況であるということです。

娘の保育器は常に気温30度、湿度(確か)80%以上、高酸素濃度の空間に保たれ、大人からしたらムッとするような空気の中、オムツ一丁で過ごしていました。

胸と足にはモニターが付けられ、心音と血中酸素濃度は24時間常に監視されている状態。心音はもちろん心臓の動き、血中酸素濃度でちゃんと呼吸をしているかを測ります。

要するにこの2つがヤバくなったら命の危険があるということですね。やばい数値まで落ちてくると、機械からブザーがピーピーと鳴り出します。

で、NICU内はというとこのブザーが鳴りっぱなし。
どこの子も鳴らないでシーンとしているほうが珍しい空間です。

NICUに入って長い子になると、ある程度看護師さんも分かっているので鳴っても様子を見る感じでちょっとほっとかれたりするのですが、産まれたての子や体の小さい子は注意が必要なようでした。

私も通院し始めたばかりのころ、娘のブザーも良く鳴っていました。

要するに”呼吸をするのを忘れている”瞬間なんだそうで、血中酸素濃度が落ちて来ると看護師さんがひゃくちゃんの体をさすりながら「はい、息してね~」と声掛け。すると、呼吸を思い出すようにし始め、ブザーが止まってました。

ある時、血中酸素濃度のブザーが鳴って、「あ、いつものかな…」と思ったら、心拍数も落ちてきて両方のブザーが鳴ったので、看護師さんが駆けつけていつものようにマッサージをしてくれました。

が、一向にどちらの数値も良くならず、心拍が落ち続け、笑顔で対応していた看護師さんが結構真剣な目つきで体を強めにさすりだしました。

「え…これ大丈夫…?!やばいんじゃないの…?!」

もうその時の私の心の中のパニック具合は半端ありませんでした。

しばらくするとやっと本人気付いたのか、呼吸をし出し、両方のブザーが止まりました。

…ほんとにこの瞬間は生きた心地がしませんでした…
あのまま数値が戻らなかったらと思うとゾッとします。でも、きっとそういうこともあるんだと思います。これこそ本当に”本人の生きる気力”のことなのでしょう。

そして、こんな時に親ってただ見守ることしかできなくて、本当に無力だな…とも痛感しました。

入院直後はこのようなことが数回あり、1か月もすると比較的安定してきて心拍はそこまで落ちることは少なくなりましたが、心拍の機械の「ピピピピピピピピ!」というけたたましいブザー音は今でもトラウマです…

なんか、血中酸素濃度の機械のブザー音より激しいんですよね…ドキッとする音してるんです。今でもドラマとかでその音を聞くと、私の心拍が上がります…
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初めての難関! [通院期]

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かくして無事事務手続きを終えた私たちは、本格的に入院生活が始まりました。

入院した病院のNICUの面会時間は両親に関しては基本的にいつでもOKでした。しばらくは午後の数時間、娘に会いに行っていました。

初日に受けていた光治療は数日で終わり、ガーゼの目隠しも取れたひゃくはすっかり可愛いお顔を…とはまだ言えず、口にはがっつりとチューブが通っており、それが抜けないようにテープを貼られて顔の半分は見えない状態。

この時期に産まれた赤ちゃんは実際はまだお腹の中に居なければいけない頃。彼女の1日の過ごし方はお腹にいる頃となんら変わりません。ただひたすらに寝ています。あとはたまに足をびよーんと伸ばすくらいでしょうか。今思えば、この”びよーん”をお腹の中でされてたんでしょうね。子宮の中はさぞ窮屈だったことでしょう笑

そして、もうへその緒は母親と繋がっていないため栄養補給は胃からになるのですが、まだ”吸う”というアクションが出来ない赤ちゃんたちは胃までチューブを通され、3時間に一回、ダイレクトに母乳を注入されるという状態なのです。

まだ胃袋も未発達のため、母乳でさえも上手く消化できず、吐き戻してしまう赤ちゃんも多く居るなか、うちの子はほとんど吐き戻す事はなく既定の量をしっかりと消化できていました。

とは言え、一回の量はたった10mlくらい。200mlくらいある哺乳瓶をぐびぐび飲むなんていうのは遠い日のことのように感じました。

この頃、母親である私が毎日病院へ通って出来ることといえば、3時間に一回のミルクの前にするオムツ替えのみ。これだけのことなのにこれが意外に難しい…!

初めての子だったので、ただでさえ慣れないオムツ替えなのに、相手は体重1キロにも満たない極小の赤ちゃん。しかも、保育器の中から取り出すことはかなりの負担になるので保育器に空いている穴から両手を入れて替えるのです。

正直すげーーやりづらい…正面からじゃなくて横向きのまま替えるって難しい…しかも、両足を持ち上げてオムツをお尻の下に敷く、巷でよく見るやり方は、まだ未熟な赤ちゃんでやってしまうと股関節が脱臼してしまう可能性があるとのことで、手でお尻ごと持ち上げながら変えなければなりませんでした。これが、掴みやすい所がなくて転がる&ずれるずれる…泣

使用するオムツも市販されている小さめの子用(2キロくらいの子用)よりももう一段階小さい病院にしかないような特別なサイズで、ほんとお人形にオムツ履かせてる気分…。でもそこはやっぱり生きてる赤ちゃん。ちゃんと大や小もします(汚い話ですみません)。

しかも、ほとんど脂肪のない娘の体はガリガリ。本来赤ちゃんのチャームポイントでもある可愛いお尻は肉がほとんど付いておらず、痛々しい…それに見慣れるのは結構時間がかかりました。

最初はホントに手間取りまくりで、本来なら看護師さんがやるオムツ替えをママがすることで看護師さんのお手伝いをすることができるのですが、当初の私は時間がかかりまくりでむしろ看護師さんの足手まといでした泣笑

ちょっとあたりの厳しい看護師さんだと明らかに迷惑そうだったので、自分の中ですげープレッシャーになったのを覚えています…
マジでそういう時は素直に看護師さんにお任せして眺めてましたね。

その苦悩具合といったら、担当看護師のヤマオカさんとやりとりする”お話ノート”の初めに私が書いた内容が”オムツ替えが上手くできない”という悩みだったほど。私にとって初めての育児についてのハードルでした。

「こんなことで悩むなよ…」と思われていたかもしれませんが、そこは優しいヤマオカさん。「始めはみんなそんな感じですよ!焦らずゆっくり慣れていきましょう!」と優しい言葉でお返事を書いてくださいました。

そんな感じで励まされながら、1日数回のオムツ替えの特訓の末、数週間でなんとかもたつかずにできるようになったのは今となっては良い思い出。叶うなら記念にあの極小オムツを一つ持ち帰りたかったなあ~

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